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 ■ 旅日記 > ■ ヨーロッパ > ■ No.34 ボスニアヘルツェゴヴィナ・モスタル
 
◆ボスニアヘルツェゴヴィナ情報◆
国名 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
首都 サラエヴォ
言語 ボスニア語、セルビア語、クロアチア語(方言の違いくらい)
通貨 コンベルティビルナ・マルカ(KM) 1KM=約71.5円
時差 -8時間
民族 ムスリム人(イスラーム教徒)約44%、セルビア人(セルビア正教徒)約31%、クロアチア人(カトリック教徒)約17%。

8月16日(火)
今日は、ギリシアからイタリアへの船で出会ったクニヒロ君に誘われてボスニア・ヘルツェゴヴィナへ日帰りで行く事にしました。
「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ」って名前は聞くけど、いったい行っても平気な国なの???と思いつつ、普通の路線バスで出かけてしまった私達。。この旅で慣れちゃったけど普通に考えると不安ですよね・・(苦笑)
朝6時に起き、8時のバスでボスニア・ヘルツェゴヴィナの観光地モスタルへ向かいます。おまけの16カ国目へ、レッツゴー!

8月16日(火)
午前7時半に家を出て、バスターミナルへ
向かう。バスターミナルは想像以上に遠く
10分のつもりが25分も歩いてしまった・・
健康第一!

バスターミナルに向かう途中の朝市。
カラフルな果物が売られています。
人もいっぱーい!
こちらがモスタルへのバス。
南米のバスよりキタナくてせまーい。
片道53クーナ1000円位です。ショーガナイね。

クロアチアのドブロクニクからボスニア・ヘルツェ
ゴヴィナのモスタルへは片道4時間で着きます。
この時は、なーんだ近いじゃーん!って思ったけど
日本で考えるとバス4時間って・・遠いよね、、
(感覚が狂っている・・笑)
途中2回の検問と入国チェックがあり、
何度もパスポートを出したけど、なんとか
ボスニア・ヘルツェゴヴィナのモスタルに到着〜!

こちらはモスタルのバスターミナル
クロアチアとあまり違わない感じ・・
でも街の雰囲気が暗い。。
ちなみに・・
バスターミナルのトイレは2クーナ(約40円)
ぽつんと置いてあるペットボトルのお水で
自分で流します。和式風ですね。
ボスニアの
のらワンチョ
観光名所となっているモスタルの石橋
「スタリ・モスト(世界遺産)」へと向かいます。
さっきまで気付かなかったけど、街のあちこちに
まだ弾丸のあとがそのまま残っていたり、修復
されていない壊れた建物がたくさんあります。
左の建物は今にも崩れそうです。 1992〜95年のボスニア戦争の跡が今もそのまま残っています。
なんとなく暗い気分になりながら
とぼとぼ歩く。。

立ち話をするおじさん達。
この人たちも戦争経験者なんだろうな・・
でもおじさん、帽子がなんか変よ〜
ドンタコス?
観光名所の石橋が近づくと観光客で
いっぱいになってきました。
・・っていうか混んでる!
ボスニア、予想外に混んでるゾ!
目指す石橋が見えてきました。
橋の上も人でいっぱいじゃない??ヒェ〜
とりあえず一休み。写真ターイム!

この石橋は16世紀オスマン朝時代に建てられ
ましたが、1993年の戦争の最中に破壊されて
しまったそうです。1994年、再建され再び街の
シンボルになりました。ウツクシイわ。
ではでは、渡ってみましょう。
橋の上はこんな感じ。
橋の中腹から。
エメラルドグリーンのきれいなネレトヴァ川です。
この川を挟んでイスラム教徒と
クロアチア人の居住区が分かれているそう。
橋の端(ダジャレじゃないよ)には
Don't Forget '93 の文字が。
戦争反対!
橋の反対側へと渡りました。
おみやげ屋さんやレストランが並んでいて
きれいな感じはするけど、ここでもあちらこちらに
弾丸の跡が残っています。
レストランの屋根。壊れそう・・
モスタルの美人マダム発見!
ここでランチをとることにしました。
ボスニア産のビールです〜
色が薄い。
ケバブと一緒にいただきまーす!
食事が終わって橋を戻る途中
裸のにーちゃんが!

・・この橋から飛び降りるパフォーマンスで
お金を集めているのでした!
行くぞ行くぞ〜 飛び降りたー!!笑
橋の下では、カヌーも一時避難。。
スタリ・モストとは「古い橋」を意味するそう。
3人で記念撮影☆
帰り道も、廃墟がいっぱい。。
ちなみに、この弾丸の跡は
こんな大きさです。
ズボッ
これはマンションだったのかなぁ・・
ガラスが一つも残ってないようです。
市内を抜けてバスターミナルへ
やっぱりなんとなく暗い雰囲気。
でも、ローラースケートをする美少女
2人組を発見。記念撮影☆
さて、街の至る所に、これでもか!というほど
走っているこの派手なバスは、日本から
ボスニアへ寄付されたものだそうです。
日の丸まで付けて、ちょっと派手過ぎない??
帰りの車内。
満席状態です〜
狭いー苦しいー
無事にボスニア・ヘルツェゴヴィナから
クロアチアへ帰ってきました。

気軽に行ってしまったけど、あんなに
戦争の跡が残っていると思わなかったなぁ・・
戦争の傷跡残る観光地
モスタルでした。
■ ボスニア・ヘルツェゴヴィナ情報 ■
ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国は事実上の内陸国。
アドリア海に面した海岸線は10km足らずで港もありません。
国土の中央部をディナル・アルプス山脈が走り、2000m級の峰々が連なる山地の多い国です。
簡単に言えば、北部をボスニア地方、南部をヘルツェゴビナ地方と呼ぶび、これを合わせたものが国名となっています。
首都はサラエボで、1992〜95年にわたって続いたボスニア戦争により、今もなおセルビア人共和国側とボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側の民族による住み分けがある。
<地球の歩き方より>